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「機動戦士ガンダム 水星の魔女」1クール目における「祈り・願い」と「呪い」について

 

年明けから既に1ヶ月経って今更も良いところですが、あけましておめでとうございます。昨年は機体の不調に悩まされたこともあり、あまりブログを書く等の積極的な発信行動を行うことが難しい状況でした。(昨年中の記事はなんとわずか3つ)ですので今年は機体のメンテナンス(通院)を引き続き続けながら、ジムに行ったりと新しい習慣も取り入れてできるだけ積極的に活動していけるような健康づくりに取り組みつつ、昨年よりも積極的な発信行動を行っていこうと思っています。

さて、私の昨年最後の記事のテーマにもなっている機動戦士ガンダム 水星の魔女」ですが、記事にも綴った放送前に抱いた期待を大きく超えて毎話放送される度にTwitterのトレンドを席巻し、新年明け最初の週末にの1クール目の最終回を迎えました。Twitterの反応も様々ありましたが、物語が大きく動く急展開を迎えて2クール目の予想が全くつかず驚嘆しているのは共通で、放送後も数日間「水星の魔女12話」というワードでトレンド入りし続ける程の大きな反響がありました。私も12話を見た後はしばらく驚いていましたが、しばらく経って冷静になってからじっくり考えてみると、12話の展開は私がプロローグ公開時から水星の魔女のテーマであると考えていた「祈り・願い」と「呪い」如実に表しており、それこそが水星の魔女のテーマの1つであると確信するに値するものでした。本記事では水星の魔女で「祈り・願い」と「呪い」というテーマはどこに現れているのかという事を描こうと思います。

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上:水星の魔女12話放送直前のTwitterトレンド

下:水星の魔女12話放送後約1時間超経過後のTwitterトレンド

 

 

※以下「機動戦士ガンダム 水星の魔女 」のネタバレが含まれるので未視聴の方はご注意ください

 

 

 

 

 

 

 

 

・プロローグで描かれる「祈り・願い」と「呪い」

昨年の記事に書いたことと重なってしまう部分も多々あると思いますが、「祈り・願い」と「呪い」という観点から改めてプロローグで起こった事件であり、全ての始まりとなるヴァナディース事変についてまとめてみようと思います。

水星の魔女における「ガンダム」とはGUNDフォーマットという身体拡張技術が使われているモビルスーツ(以下MSと略称する)の総称でありGUND(ガンド)フォーマットとは本来は義肢等の医療技術であるGUND(ガンド)という技術をMSに応用したものとなっています。GUND技術の第一人者でありGUNDの研究機関であるヴァナディース機関の責任者でもあるカルド・ナボ博士はGUNDによって人類が宇宙に進出する上で生じる身体の機能障害を補い、多くの人々の命を救いやがては宇宙に適応・進出していく未来をプロローグで語っており、更に8話でミオリネが持ち込んだカルド博士の過去の映像では「GUND医療は高額なワクチンやインプラントアプリでは解消できない障害を解消し、身体の脆弱性を補う希望の技術であり、生命圏の拡大だけでなく、地球と宇宙、双方の格差と分断を融和する可能性をも秘めている」と水星の魔女の世界の大きな問題である地球居住者アーシアンと宇宙居住者スペーシアンの格差と分断、差別の問題を解消するという未来への「祈り・願い」がGUND技術には込められていたことが明かされます。

しかし、ヴァナディース機関のスポンサーとなったオックス・アース社の思惑によりGUNDはGUNDフォーマットというMSを動かす技術に転用され、「ガンダム」という兵器が生まれてしまいます。「ガンダム」は他者の命を奪うという本来の兵器としての機能だけでなく、パイロットの身体と精神に大きな負荷をかけて蝕むという「呪い」とも呼ぶべき恐ろしい兵器となってしまいました。しかし、そんな中でもカルド博士はGUNDが兵器として使われることは本意ではないという思いを持ちながらも、その落とし子であるガンダム・ルブリスに先述したような未来への「祈り・願い」を託していました。しかしそれも後の歴史ではヴァナディース事変と呼ばれることになるデリング・レンブランによるガンダムを始めとするGUND技術の抹消および関係者の抹殺を目的とするヴァナディース機関への襲撃により、カルド博士を先生と仰ぎ彼女が語るGUNDの理念に共感していたエルノラ・サマヤ(後のプロスペラ・マーキュリーと推定される)と娘のエリクト・サマヤ、そして彼女たちを乗せていたガンダム・ルブリスを残してGUND技術に関するデータや関係者はほぼ全て抹殺されてしまいました。さらに同時に行われたデリングの「全てのガンダムを否定する」という世界に向けての宣言によりGUNDは忌むべき「呪い」の技術としての烙印を押され、本来の「祈り・願い」を込めた理念ごと表舞台から姿を消してしまうことになりました。

ここからは本編で示唆されてはいるものの確たる情報が無いため推定となりますが、この事件で夫や恩師であるカルド博士、その他の仲間たちを失ったエルノラ・サマヤも復讐という「呪い」に取り憑かれてプロスペラ・マーキュリーと名乗るようになって娘であるエルノラ・サマヤを利用して新たなるガンダムであるエアリアルを生み出し、同じく何らかの手段で生み出した本編の主人公であるスレッタ・マーキュリーと共に娘達と称して復讐の道具に仕立て上げるまでに変わり果ててしまいました。

(エリクトとスレッタに関してですが、ヴァナディース事変は21年前と本編で明言されており、当時4歳であったエリクトは本編時点では25歳になっているはずであり、本編で16歳の学生であるスレッタと年齢が合わないことから両者は別人という前提で書いています。)

こうして人命を救い、宇宙進出とアーシアンスペーシアンの格差解消という「祈り・願い」が込められたGUNDという技術、およびその落とし子であるガンダムは世界からは「呪い」をもたらすものに転化し、その関係者も「呪い」に強く縛られることになったという「祈り・願い」「呪い」に転化するという残酷な構造が見て取れます。

 

・GUND技術に込められた「祈りと願い」と「呪い」

GUND技術に込められた「祈りと願い」そして「呪い」の関係は最初の項の最後の段落にまとめてありますが、ここではそれを前提とした本編での扱いを見てみようと思います。

本編時系列中ではGUND技術が使われたMSであるガンダムは、監査組織カテドラルによって厳しく取り締まられており、2話の描写から決闘においてもMSの稼働データからガンダムと判断されたMSとそのパイロットは即座に捕縛され、カテドラルの諮問会にかけられてそこでガンダムと判断されればそのMSは解体、パイロットも退学等の厳しい処分を受ける事となります。実際、ガンダムと呼ばれるGUNDフォーマットを利用したMSは、パーメットスコアと呼ばれる稼働レベルに応じてパイロットにデータストームと呼ばれる脳や身体への著しい負荷がかかり、最悪死を招くものであることから「呪い」という烙印を押されて世界から禁じられるのも無理がないものだと考えられます。しかしそうして世界から禁じられてなお秘密裏に研究・運用が続ける勢力もありました。

ベネリットグループの御三家企業の一社であるペイル社は何らかの方法で地球から市民の無い人間を連れてきてGUND技術を埋め込み顔をエラン・ケレスと呼ばれる人間のものに変えたガンダムに乗るための「強化人士」という存在を生み出し、ファラクトと呼ばれるガンダムに当たるMSに乗せて身体に限界が来れば処分するという非人道的な実験を秘密裏に行っています。これも、元々人を救う「祈りと願い」が込められたGUND技術が人の命を使い捨てるような「呪い」に転化してしまっているこの世界の縮図の一つであると考えられます。

しかし、エアリアルと呼ばれるガンダムがその構造を大きく変化させる要因となります。エアリアルガンダムであるにも関わらず、ガンダム「呪い」とされ禁じられた原因であるデータストームが発生せず、パイロットであるスレッタには脳や身体への負荷が一切かかっていません。これはガンダムとしては画期的なものであり7話でペイル社に暴露されるまで世間にはエアリアルガンダムであるという事実が一時嫌疑はかけられたものの漏れなかった大きな要因です。そして、ミオリネがペイル社の暴露からスレッタを救う為にエアリアルが身体に負荷がかからないガンダムであるという事を理由にしてGUND技術の安全性を謳う株式会社ガンダムを設立したことによって作中のGUND技術の扱いも変わっていくことになります。ミオリネが株式会社ガンダムが取り扱う事業を決める際、当初は兵器として売り出すことを彼女は提案しますが、戦災孤児等戦争の影響下で育った社員である地球寮の面々の反発を大きく受け、彼女はガンダムに込められた本当の意味を探ります。そこで元ヴァナディース機関の研究員であり現在はペイル社の技術者であるベルメリアからガンダム、そしてその根本にあるGUND技術の本当の意味がGUND理論の第一人者であるカルド・ナボ博士によって語られた映像を託されます。(そこで語られた内容についてはお手数ですが最初の項を参照してください。)その映像からミオリネは「GUND技術による医療」という事業を提案します。人を救うという事業目的に、地球寮のメンバーの反応も好ましく、株式会社ガンダムはGUND医療の推進という事業目的を掲げるようになり、事業を進めていく事になりました。

この一連の出来事から、ヴァナディース事変によって「呪い」の烙印を押されてしまったGUND技術をその事実をよく知らないまま育った学生達という新しい世代が医療技術という目的に利用することにより、「呪い」の技術を本来の人を救うという「祈りと願い」の技術に変えていくという明るい側面が見えてきます。

 

・「逃げたら一つ、進めば二つ」 という言葉が表す「願い・祈り」、そして希望

水星の魔女1話でスレッタが使って以降、本編の要所で引用される言葉となっている「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉についてですが、この言葉はスレッタとミオリネを始めとした多くの人物の行動を象徴しています。この言葉が持つ「祈り・願い」と「呪い」の両側面について考えていきます。

まずはこの言葉が時系列上最初に出てきたのは本編の前日譚で主題歌「祝福」の原作となっている小説「ゆりかごの星」で、スレッタが5歳の頃注射を嫌がり逃げようとした時に、母であるプロスペラが 

「注射から逃げたら、痛くないが手に入る」

「注射から逃げなかったら、病気にならないだけじゃなくて他にも手に入るものがあって、例えばお母さんが喜ぶ」

「水星の人たちもスレッタは偉いと認めてくれる」

「スレッタのレベルが上がって注射が痛くなくなる」

「だから、進めば二つ以上手に入る」

このようなやり取りで、スレッタを勇気づけた事に由来します。水星の人たちも認めてくれるという言葉からもプロスペラとスレッタが水星に逃げてきた頃、好意的な人々だけではなく、存在を疎む老人達も少なくなかったという過酷な環境に二人は置かれていたという事実が背景にあります。母プロスペラが多忙だった事もあって、スレッタは母娘の存在を疎む老人にいじめられていて、それを母を心配させまいとエアリアルコクピットで堪えるときに、スレッタは母から教わった「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉を背中を押す勇気の呪文のように唱えて生きてきました。そしてその呪文はスレッタがたった一人で学園に行く話が来て、エアリアルコクピットの中でどうしようか迷っていた時にも、彼女が学園行きの話を受け入れる事を決めたきっかけにもなりました。「進めば二つどころかいっぱい手に入るよ。勉強も、友達も、先輩も、デートなんかしてさ」と。こうしてスレッタは「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉に勇気の「祈りと願い」を込めました。

そして学園に転入してきた日、学園から逃げ出そうとして宇宙を漂流しようとしていたミオリネ・レンブランと出会った事から本編の物語が始まります。学園に来て間もなく、スレッタはミオリネが学園内で生徒達がMSに乗って行う決闘において勝者であるホルダーが彼女の婚約者になれるという取り決めがあり、ホルダーの「トロフィー」として扱われている事を知ります。当時のホルダーであったグエル・ジェタークは婚約者という立場を嫌がるミオリネに横暴な振る舞いをしますが、その様子を見かねたスレッタはミオリネを助けるためにグエルに決闘を申し込みます。決闘当日、これは自分の戦いと言って無理矢理エアリアルに乗り込んで劣勢に陥るミオリネに代わってコクピットに乗りこんだスレッタは、ミオリネに告げます。

「お母さんが言ってました。逃げたら一つ、進めば二つ、手に入るって。」

「逃げたら負けないが手に入ります。でも進めば…勝てなくても手に入ります。経験値も、プライドも…信頼だって!」

その言葉と共にグエルを打ち破り、スレッタは言葉に込めた「祈りと願い」の通り見事にホルダーの座を勝ち取りミオリネの婚約者という立場を思いがけなく手に入れます。そして「逃げたら一つ、進めば二つ」とスレッタの言葉を直接耳にしたミオリネにも大きな変化を与えるきっかけとなりました。

2話開始直後にスレッタはエアリアルガンダムであるという嫌疑で拘束され、自身の退学と家族同然のエアリアル解体の危機に陥ります。そんな中ミオリネはあらかじめ手配してた運び屋が手配していた地球行きを蹴って、スレッタを救うべくエアリアル解体に関するカテドラルの諮問会に単身乗り込み、総裁である父デリングに啖呵を切ります。その途中、デリングの有無を言わせない言動に怯みそうになりますが、その時に「進めば二つ!」と小声で唱えて自らを奮い立たせ、再び反論したことで、諮問会そのものの空気を変えてエアリアル解体とスレッタ退学をかけてのグエルとの2度目の決闘に持ち込みます。グエルの決闘ではスレッタをサポートした上に決闘に勝利してスレッタと積極的にかかわる理由が無くなったその後の学園生活においてもスレッタの試験のサポート役を買って出たり、スレッタが地球寮に行ってからも度々押しかけるようになり、遂にはペイル社によって再びエアリアル解体に危機に陥ったスレッタを守るために反発していたデリングに頭を下げてまでGUND技術を取り扱う株式会社を設立するという当初地球に逃げようとしていた彼女からは考えられないような驚くべき行動(学内起業するという事は地球に逃げる逃げ道を自ら塞ぐ事)を取るようになります。ミオリネは言葉に棘があり、口で自分の感情を表現するのが得意ではない為これらのスレッタに対する献身の理由は中々本人の口からは語られませんでしたが、11話でのスレッタとのやり取りでずっと内に秘めていたスレッタへの想いが遂に語られます。

「うんざりなの!決闘もクソ親父も!だから逃げたかったのに!地球に行きたかったのに!」

「あんたが花婿なんかになっちゃったから!バカみたいに『進めば二つ』って言うから!」

「会社作る羽目になって、クソ親父にチクチク小言言われて、頭下げて!」

「あんたが一番分かってない!良かったって言ってんの!」

「私が逃げなくて良くなったのは、あんたのおかげなの!」

「だから......私から逃げないでよ……。」

学園を運営する企業複合体ベネリットグループ総裁の娘で、決闘の勝利者であるホルダーの婚約者という父親に押し付けられた自分の立場がずっと嫌で、地球に逃げる事しか考えていなかったミオリネは、スレッタのおかげでそんな現状から逃げ出すことを止めて進むことを選ぶ勇気を持つことが出来たことに強く感謝していて、スレッタ個人へ恋愛感情と言っても過言ではない愛情を寄せていたという大きな理由がありました。「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉にスレッタが込めた勇気の「祈りと願い」は、スレッタ自身だけでなくミオリネの人生を大きく動かすことになり、彼女にとっても現状に立ち向かうための勇気をくれる言葉になりました。

こうしてスレッタが母プロスペラから貰って、彼女が勇気の「願いと祈り」を込めた「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉はいつしかスレッタ自身だけでなくミオリネ、そして彼女達に巻き込まれる形で被差別階級であるアーシアンの学生たちである地球寮のメンバーにも大きな影響を与えていく事になりましたが、もう一人スレッタのこの姿勢に大きな影響を受けた存在がいます。そう、毎週登場の度にTwitterトレンドを席巻したグエル・ジェタークです。

グエルはベネリットグループの御三家企業と呼ばれているうちの1社であるジェターク社の御曹司で、1話時点ではその立場を笠に着た傲慢な男として出てきますが、2話で決闘に負けたことで父親に叩かれ謝る姿や、3話の決闘前のスレッタとの会話から伺うに、父親の言いなりにならざるを得ない根は素直であることが伺えます。そして3話の決闘において操縦を父親が用意したAIに代行されるという自分の夢であり拠り所であったパイロットの腕前への屈辱的な行いをきっかけに、「これは俺の戦いだ!」とAIから制御を奪還してスレッタに肉薄し、結果として敗北したもののその後の会話でスレッタに自分の誇りであるMSの操縦を「強かったです」と真っすぐ肯定された結果、彼女に惹かれるようになりました。それ以降、スレッタがエランとデートするという情報を聞きつけ彼女に冷たく当たり涙を流させたエランに対して父親の決闘禁止の言いつけを破ってまで決闘を申し込み、ジェターク寮から追い出されて父親から事実上の破門宣言をされるまでになりました。結果だけ見れば、1話をピークに転落人生を歩んでいるように見えますが、それでも今まで父親の言いなりに動いていただけだった1話以前よりは、スレッタから「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉を受け取り、自分自身の強さを認めてもらってからは自分の意思を優先して行動するようになり、父親からとうとう退学を宣告された折に学園から失踪して宇宙で身元を隠し作業員として働くようになった時には、本来の素直な性格が前面に出て職場の先輩たちに好かれ、自分自身の人生を歩み出すまでになりました。ここから考えると、普段から関わりが多いミオリネとは別の形ですが、彼もまた、スレッタの「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉通りの実直さによって、父親の言いつけという「呪い」から解き放たれ大きく人生を変えられた存在だと思います。

このように「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉は母プロスペラからスレッタが貰い受け、スレッタが込めた勇気の「祈りと願い」によって彼女の周囲に関わる人々の人生に大きな影響を与え、親達が彼女らを縛り付けていた立場という「呪い」から、彼女らを解放して自分自身の人生を歩むための勇気と希望になったことがお分かりになるかと思います。

しかし1クール最終回である12話において、「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉に込められているのは「祈りと願い」だけではなく「呪い」とも呼べる負の側面が明らかになってきました。次の項でそれについてお話していこうと思います。

・12話に見られる「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉が持つ「呪い」の側面

12話では「フォルドの夜明け」という反スペーシアン組織がデリング暗殺を目的に彼がいるプラント・クエタに襲撃をかけるという今まで戦乱の気配が無かった水星の魔女本編の時系列でもでとうとう武力闘争が勃発する事態となり、本編のメインキャラである学生達もそれに巻き込まれる形で大きく変化していく事になります。

まずグエルですが、先述した通り彼はジェターク家から追い出されながらも学園を抜け出し身分を隠しながら宇宙作業員として働き始め、周囲とも良好な関係を築いていました。しかし乗っていた作業艦が「フォルドの夜明け」に襲撃され乗っ取られてプラント・クエタに向かうことになります。他の作業員共々捕虜にされたグエルは襲撃に使われているのがジェターク社のMSであることを見破りつつも船内の一室に監禁され何もできない状態でした。しかし、今回の襲撃の首謀者の一人であり、同じ首謀者であるグラスレー社の後継者のシャディク・ゼネリに見捨てられたジェターク社CEOでグエルの父親のヴィム・ジェタークがプラント・クエタに取り残されており、シャディクを見返すために協力者である「フォルドの夜明け」に反目して彼らを迎撃する為に自らMSで出撃しました。そこで偶然にもグエルが囚われた作業艦を攻撃したところ、その衝撃で彼が囚われていた部屋のロックが開き、「フォルドの夜明け」構成員の会話からグエルはスレッタがプラント・クエタに居る可能性がある事を知ります。そして彼女がいるであろうプラント・クエタに向かう為に見張りの隙を突き部屋から脱出して「フォルドの夜明け」が持ち込んだMSに乗り込み宇宙に出ます。しかし運悪くグエルは父ヴィムの乗ったMSに出くわし、敵とみなされて猛攻を仕掛けられてしまいます。グエルは必死に敵ではないことを訴えかけますが、「フォルドの夜明け」が襲撃に当たってプラント・クエタ周辺に仕掛けた通信妨害の影響によりヴィムには届かず、追い詰められてしまいます。命の危機に瀕したグエルは「死ねない…死にたくない!」「俺はあいつに…スレッタ・マーキュリーに進めていない!」と奮起し、持ち前の操縦技術で紙一重の所で近接戦を制し安堵します。しかし接触してしまったことにより接触回線が開き、互いに誰が乗っていたかを知ることになってしまい、コクピットへの致命傷で意識が混濁したヴィムはおそらく状況を把握できずに「探したんだぞ……。」という一言を残し、狼狽えて必死に脱出を呼びかけるグエルの言葉も虚しく、MSは爆散してしまいます。そうして後に残されたのは意図せず父親を殺めてしまったグエルの慟哭の絶叫だけでした。

グエルは父親の言いなりという呪いからスレッタの「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉と彼女に強さを認められたことを支えにして自分の人生を歩んできましたが、今回そうして「進めば二つ」と唱えてスレッタの元に進もうとした結果、立場を押し付けられてはいたものの決して憎くは思っていなかった父親を意図しなかったとはいえ自分の手で殺めてしまったという生涯消える事の無い「呪い」を背負う事となってしまいました。

グエルの顛末は進むための「祈りと願い」が込められていた「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉が消えない「呪い」となってしまうことがあるという残酷な現実を示しましたが、次にお話するスレッタとプロスペラの動向とその後のスレッタの顛末は、この言葉がより深い「呪い」を帯びてしまっているという事実を示していると考えられるので、次からそれをお話します。

プラント・クエタへの襲撃によりミオリネと分断されてしまうスレッタは、ミオリネを助ける為にエアリアルのある格納庫に向かいますが、施設内を制圧しデリングを探している武装した「フォルドの夜明け」の構成員達に出くわしてしまい、慌てて身を隠すものの物音により見つかる危機に陥ってしまいます。見つかる直前、従者を従えた母プロスペラが構成員達を銃殺することでスレッタは救われましたが、目の前で人間の命が奪われたことに恐怖して怯えてしまいました。「そうしなければ、あなたが殺されていた」とプロスペラは宥めるものの、スレッタの動揺は消えません。これまで水星や学園という格差と差別はあるものの基本的に人が人に殺されることは無い環境で生きていた彼女には無理もない状況です。そこでプロスペラはあの言葉を持ち出します、「逃げたら一つ、進めば二つ」と。そして彼女はスレッタに語り始めます。

「扉の向こうに籠っていれば、お母さんはこの人たちを殺さずに済んだ。でも戦ったことでスレッタを死なせずに済んだ。」

「そしてもう一つ、スレッタがエアリアルと一緒に戦ってくれたら……。」

しかしスレッタは震えながら「無理だよ…だって……。」と人を殺すことに反論します。しかしプロスペラはなおも彼女に語りかけます。

「今起こってるのは決闘じゃない。怖いよね?傷つきたくないよね?でも、あなたとエアリアルなら、お母さんもスレッタもミオリネさんも、みんな救われる。今みんなを救えるのはあなた達だけよ。」

「スレッタ、あなたは進める子。でしょ?」

こう語りかけられた、手を差し伸べられたスレッタは震えが止まり、

「うん...。進める。進んできた。」

「逃げたら一つ、進めば二つ!」

と立ち上がれるようになり、エアリアルに乗り込んで戦い、ガンダムも含んだ「フォルドの夜明け」のMS部隊を撤退にまで追い込むことが出来ました。この時点ではスレッタは誰も撃墜していないので、先ほどと何も変化が無いように見えますが、問題はこの後の展開で表面化します。

ミオリネは自分をかばって負傷した父デリングを担架に乗せて運んでいましたが、「フォルドの夜明け」構成員の1人に見つかり、自身と父共々命の危機に陥ります。そんな時にスレッタがエアリアルで駆けつけたのですが、彼女はミオリネを助ける為に、銃を向けた構成員を、「やめなさい!」という一言と共に躊躇いなくエアリアルの掌で叩き潰すという暴挙に出ます。そして彼女はそのままコクピットから出てきて、いつもと変わらない調子で叩き潰した構成員の血で塗れた手をミオリネに差し伸べて「助けに来たよ、ミオリネさん。」といつもと変わらない笑顔を向けました。ミオリネはそんな彼女を当然理解することが出来ずに「なんで…笑ってるの......。」「人殺し......。」と拒絶の言葉を投げかけて水星の魔女1クール目は幕を閉じます。

このスレッタの顛末から伺えるのは、「逃げたら一つ、進めば二つ」と唱えれば、彼女がもともと強い忌避感を持っていた殺人という行為にも手を染める事が出来るようになり、尚且つそれを躊躇うことなく実行していつも通りの態度でいられるという恐ろしいスレッタの歪みとプロスぺラがそのようにスレッタを思い通りに操れるようにこの言葉に込めた「呪い」です。

最初の項でお話した通り、スレッタの母プロスペラはヴァナディース事変で夫と命の恩人や同僚たちを失ったことをきっかけに復讐という「呪い」に取り憑かれ、自分の娘達を復讐の道具に仕立て上げる程に変貌してしまいました。プロスペラの復讐が何を意味するのかは不明な点が多いので憶測も交じりますが、彼女はスレッタを復讐の道具としてデリングの娘であるミオリネの婚約者を賭けて学園で行われている決闘制度に目を付けてスレッタを本人にそうとは知らせず学園に送り込み、学園に行った後もこまめに連絡を取り、株式会社ガンダム設立の際、スレッタが「何故エアリアルガンダムであることを隠していたのか?」と聞いた時にも、「あなた達を守るため」と言いくるめてスレッタを全面的に信頼させたりとまるでスレッタの精神面の根本をずっと依存させるように誘導してきたように考えられます。実際、プラント・クエタでミオリネと気持ちがすれ違った際もトイレの中で電話をかけてきたスレッタに対して自分の元に来るよう助言して、直後にミオリネが来なければスレッタは間違いなくプロスペラの元に向かっていたであろう描写が見受けられます。そして先程述べたエアリアルのハンガー近くで殺人の恐怖に震えるスレッタに向けたやり取りを見てみると、最初の項でお話したスレッタが最初に「逃げたら一つ、進めば二つ」という言葉をプロスペラに教えられた時のやり取りと酷似しており、幼い頃にスレッタに勇気を授けるのと同じようにして彼女に守るための殺人への忌避感を無くさせるようにプロスペラが話しているように受け取ることが出来ます。(是非とも最初の項のスレッタ5歳の時のやり取りと先程お話したエアリアルのハンガー近くでスレッタを立ち上がらせたやり取りを比較して読んでみてください。)

注射を怖がる5歳のスレッタに「逃げたら一つ、進めば二つ」と教えた時のプロスペラに全く愛情が無かったとは私は思いたくはないですが、スレッタを躊躇なく殺人へと駆り立てたという顛末を見ると復讐という「呪い」に囚われた彼女はスレッタを勇気付け、スレッタが勇気の呪文として「祈りと願い」を込めていたこの言葉をプロスペラは自分の復讐の道具として思い通りに操る「呪い」を込めたものとして娘に授けてしまったのではないかと考えてしまいます。

・感想とまとめ

プロローグが公開されてから、女性と女性の関係性を中心とした人間ドラマ的な側面と「ガンダム」というMSをテーマにしたSF的な側面の両方のドラマを私は期待してきました。そして本編が始まると学園物としてのキャッチーな側面を打ち出して今までガンダムシリーズに触れたことの無い新しい視聴者層を大量に獲得しつつ、スレッタとミオリネという二人の少女の関係性を主軸とした人間ドラマにガンダムのSFドラマな的な側面に触れて大迫力の戦闘シーンもしっかり描いて、それら全てに共通する「祈りと願い」と「呪い」というプロローグから続くテーマを一貫させて丁寧に描くというシナリオ作りに私のように元々ガンダムシリーズを追っていた層も、ガンダムはおろかロボットアニメ自体を見たことが無い層にも幅広い支持を獲得するに至った目覚ましい功績を残したと言えます。まだ物語の折り返しでありながらここまでのシナリオを見せられると1クール目で残された大量の謎を一気に回収し、そして1クール目主題歌である「祝福」が示しているように「呪い」を解いていくであろう2クール目が楽しみで仕方がありません。(主題歌の「祝福」にも「祈りと願い」と「呪い」というテーマがふんだんに散りばめられていますがここでお話すると纏まらなくなってしまいますので触れるならTwitterになると思います。)

私史上初めて1万字超えという非常に長い記事となってしまいましたが、これまでのガンダムシリーズのファンも水星の魔女からガンダムを見始めた多くの方も含め水星の魔女をご覧になった様々な層にこの記事が届いてくれる事を祈っています。そして出来ればこの記事をお供として私と一緒に2か月後の4月から始まる水星の魔女2クールを楽しみに待っていただけると幸いです。